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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)136号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 成立に争いない甲第二号証の一、二によれば、電子写真、静電記録、静電印刷などにおける静電荷像を現像する方式の一つとして、天然又は合成の樹脂にカーボンブラツク等の着色剤を分散含有せしめた、トナーと呼ばれる微粉末現像剤を用いる乾式現像方式があるが、本願発明はこの方式において使用するトナーに関するものであること、トナーを用いて静電荷像を現像した後の定着法の一つとして、現像によつて得られたトナー像を光導電性感光体もしくは静電記録体からいつたん紙などの転写シート上に転写した後、これを転写シート上に融着させるものがあること、右トナー像の融着は、溶媒蒸気との接触、又は加熱のいずれかによつて行われ、加熱方式としては、電気炉による無接触加熱方式(以下「非接触型加熱融着」という。)及び加熱ローラーによる圧着加熱方式(以下「接触型加熱融着」という。)が、一般に採用されていること、接触型加熱融着は、トナーに対して離型性を有する材料で表面を形成したローラーの表面に、被定着シートのトナー像面を圧接触させながら通過させることにより行われること、この接触型加熱融着は、ローラーの表面と被定着シートのトナー像面とを圧接触するため、トナー像を被定着シートに融着する際の熱効率が良好であつて、迅速に定着を行うことができるので、特に高速度複写を目的とする電子写真複写機には極めて好適であること、しかしながら、接触型加熱融着においては、ローラーの表面とトナー像面とが加熱溶融状態で圧接触するため、トナー像の一部がローラーの表面に付着して移転し、次の被定着シート上にこれを再移転する、いわゆるオフセツト現像を生じ、被定着シートに汚れを発生させることがあるので、ローラーの表面に対してトナーが付着しないようにすることが、接触型加熱融着における必須要件の一つとされていること、このため、従来は、ローラーの表面を、弗素系樹脂などトナーに対する離型性が優れた材料で形成すると共に、その表面に更にシリコンオイル等のオフセツト防止用液体を供給して、右液体の薄膜でローラーの表面を被覆することが行われていること、この方法は、トナーのオフセツトを防止する点では有効なものであるが、オフセツト防止用液体が加熱されることにより臭気を発生し、またオフセツト防止用液体を供給するための装置を必要とするため、複写装置の機構が複雑になると共に、安定性のよい結果を得るために高い精度が要求されるので、複写装置が高価なものになるという欠点があること、本願発明の目的は、その表面にオフセツト防止用液体を供給しないローラーを使用した場合にも、オフセツトを発生させずに、効率よく良好な接触型加熱融着を行うことができる静電荷像現像用トナーを供給することにあること、(本件公報第二欄第二行ないし第三欄第三〇行)以上を認めることができる。

そして、前掲甲第二号証の一、二によれば本願発明は、前記技術的課題(目的)を達成するために、その要旨とする特許請求の範囲記載の構成を採用したもので(本件公報第三欄第三一行ないし第三六行)、本願発明の静電荷像現像用トナーは、α・β―不飽和エチレン系単量体を構成単位として含有し、かつ、重量平均分子量Mw/数平均分子量Mnの値が三・五~四〇である樹脂を主要樹脂成分として、すなわちトナーの樹脂成分に対し重量で少なくとも約六〇%、望ましくは少なくとも七五%の量で含有することにより加熱定着ローラーに対するトナーのオフセツト現象が有効に防止されることを特徴とするものであること(本件公報第四欄第一二行ないし第二二行)が認められる。

2 本願発明と引用例記載の発明における目的の相違について

本願発明が接触型加熱融着に用いるトナーに関するものであることは当事者間に争いないところ、前記1認定事実によれば、本願発明は、接触型加熱融着用のトナーにおいて、ローラーの表面に離型性を付与するためのオフセツト防止用液体の供給を必要としないものを提供することを技術的課題とし、Mw/Mnが三・五~四〇の値の樹脂が右課題の解決に役立つとの知見を基に、右の特性を有する樹脂を主要樹脂成分としてトナーを構成するという手段を採択したものであると理解することができる。

一方、成立に争いない甲第三号証によると、引用例には、エレクトロスタトグラフイー現像物質、すなわち本願発明のトナーと同様に電子写真法等において静電荷像の現像に用いられるトナー物質に関して、トナーは一般に熱を適用して支持媒体に定着するので、トナーが流れる温度に加熱しなければならないこと(第五頁左上欄第七行ないし第一〇行)、比較的低温で容易に熱融解する低分子量樹脂は、複写シート上に粘着性の像を形成しやすく、これはしばしば他の隣接シートにオフセツトされること(同頁右上欄第八行ないし第一五行)、右の欠点はトナーを樹脂状物質の少なくとも主要部分は少なくとも一つの粘り強い重合体のマトリツクス中に単一のコアとしてではなく多数の独立したドメインとして分散しカプセル化されている少なくとも一つの軟質の変形可能な重合体からなる不均質な(二層の)物理的混合物からなる構成とすることによつて克服できること(同頁左下欄第一二行ないし第一八行)、右トナーは、紙のような適当な媒体に圧を適用することにより定着して最終コピーを与えることができ、この圧定着は、例えば被覆あるいは非被覆の加熱金属ロールを使用することにより助けることができること、右トナーは、圧定着による最終コピーの製造に特に適するが、通常の方法、例えば熱融解ででも定着できること(第一〇頁右上欄第五行ないし左下欄第四行)が記載されていることが認められる。したがつて、引用例記載の発明のトナーは、非加熱圧着に適することに加えて、非被覆のロールの助けによつてトナーを熱融解させ、加熱溶融状態で定着する方式にも使用できるものと理解できる。

そして、右の「非被覆のロールの助けによつてトナーを熱融解させ、加熱溶融状態で定着する方式」は、とりも直さず接触型加熱融着にほかならないから、本願発明と引用例記載の発明とは、「加熱ローラーにより圧着加熱定着する静電荷像現像用トナー」である点で目的が一致するとした審決の認定、判断に誤りはない。

この点について、原告は、引用例の「通常の方法、例えば熱融解ででも定着できる」との前記記載は、非接触型加熱融着用のトナーとしての使用可能性を述べるにとどまり、接触型加熱融着においても使用できることまで意味しているものではないと主張する。しかし、接触型加熱融着は、トナーを熱によつて溶融し紙等へ圧着させて定着する方式であるから、機械の高速化によつて複写速度が大きくなると、トナーへの熱印加時間が短くなるので、トナーを十分に溶融状態にして融着させるためには、加熱ローラーの温度を高く設定したり、ローラーの径を大きくしたりする等の対応策をとらなければならないことは明白であり、したがつて、この方式が複写速度等の影響を全く受けないということはあり得ない。また、前掲甲第三号証によれば、引用例が冷却装置の必要性と加熱装置の大型化について述べている箇所(第五頁左上欄第一五行ないし同頁右上欄第八行)が意味するところは、高融点トナー、すなわち定着に大量の熱を必要とするトナーを急速に溶融して定着しようとすれば、定着装置が大型になり、冷却装置も必要になるという、熱溶融を伴うトナーの定着に付随する当然のことを説明していることが認められ、これが接触型加熱融着に当てはまらないということはない。そもそも、接触型加熱融着には、複写紙が燃えたり、黒こげになつたりする危険があるので、冷却装置が必要であることは、いずれも成立に争いない乙第一一号証(昭和四四年特許出願公告第三〇七七五号公報)の第二欄第二二行ないし第二四行、乙第一二号証(昭和四七年特許出願公開第八四八四号公報)の第二頁左下欄第一行ないし第一〇行、乙第一三号証(昭和四八年特許出願公開第五〇七三六号公報)の第二頁右上欄第一八行ないし第二〇行、乙第一四号証(昭和四八年特許出願公開第六二四三七号公報)の第一頁右欄第一二行ないし第一四行、乙第一五号証(昭和四八年特許出願公開第八七八四五号公報)の第二頁右下欄第四行ないし第六行の各記載にみられるように、本件出願前に当業者に周知であつたことが認められるから、引用例の前記記載が、接触型加熱融着を除外し、非接触型加熱融着についてのみのものであると解することには理由がない。

また原告は、甲第四号証、第二一号証及び第二二号証の各実験報告書を提出して、引用例記載のトナーは接触型加熱融着には使用できないと主張している。

成立に争いのない甲第四号証及び第二一号証によれば、実験報告書Ⅰ、ⅡのトナーCからIで用いられている重合体は、いずれも引用例記載の粘り強い重合体マトリツクス成分及び軟質重合体ドメイン成分に含まれるものであり、それらを接触型加熱融着に使用した場合、オフセツトが生ずることは認められるが、そうであるからといつて、右の限られた実験例のみをもつて、引用例記載のトナーが、すべてオフセツトを生じて接触型加熱融着には使用できないと直ちに断定することはできない。しかも、成立に争いのない甲第二二号証の実験報告書Ⅲによれば、粘り強い重合体マトリツクス成分にポリスチレン―メチルメタクリレート―ブチルメタクリレート共重合体を、軟質重合体ドメイン成分に引用例記載のポリプロピレンやポリエチレン等のポリオレフインワツクスを用い、かつ、トナーの樹脂成分における右ポリオレフインワツクスの含有量を二五%未満とした場合には、これを接触型加熱融着に使用してもオフセツトを生じないもの(J1、J2、K1、L1、L2、M1及びM2など)があると認められるから、引用例記載のトナーがすべて接触型加熱融着には使用し得ないといえないことは、明らかというべきである。もつとも、原告は、甲第二二号証の実験報告書Ⅲについて、引用例において好適であるとされ、実施例にも示されている範囲の二五%、三〇%及び四〇%のポリオレフインワツクスを含むものではオフセツトを生ずるから、ポリオレフインワツクスを含むものも接触型加熱融着には使用できないと主張する。しかし、右のポリオレフインワツクスの含有量は、熱融解を伴わない非加熱圧着に適するトナーの樹脂組成の例として記載されているのであつて、それがそのまま接触型加熱融着に適するトナーの樹脂組成でもあるとされているのではないから、非加熱圧着に適するとされる樹脂組成のトナーが接触型加熱融着に適さないからといつて、引用例記載のポリオレフインワツクスを含むトナーが直ちに接触型加熱融着に不適であるとはいえない。のみならず、右甲第二二号証の実験報告書Ⅲからは、前述のようにポリオレフインワツクスを五%及び九%含むものではオフセツトを全く生じないこと、及びポリオレフインワツクスを二五%含有するJ3のものもオフセツトはそれほど顕著でないことも認められるのであるから、ポリオレフインワツクスの含有量が、二五%以下で、引用例に好適と記載されている一〇%以上の範囲のものならば、オフセツトを生ずることなく使用できるものと推認できるし、いずれも成立に争いない乙第七号証(昭和四九年特許出願公開第六五二三一号公報)の第三頁右下欄第一三行ないし第二〇行、及び乙第八号証(昭和五〇年特許出願公開第二七五四六号公報)の第三頁右下欄第一三行ないし第二〇行によれば、ポリオレフインワツクスには、融解されたトナーを加熱ローラーへ付着させずオフセツトを生じさせない働きがあるとの事実もあるから、ポリオレフインワツクスが接触型加熱融着用のトナーの軟質重合体ドメイン成分として使用できることは否定できない。

したがつて、引用例記載のトナーは接触型加熱融着に使用できないとする原告の主張は、採用できないものといわざるを得ない。

3 本願発明と引用例記載の発明の構成について

原告は、引用例記載のトナーにおいて粘り強い重合体マトリツクス成分は主要樹脂成分といえないと主張する。

そこで検討すると、前掲甲第三号証によれば、引用例記載の発明において、粘り強い重合体はマトリツクスとして用いられ、トナーのくつつきを防ぎこれに構造上の剛直性を与えるものであり、一方、軟質重合体は、トナーに望む定着性を与えるために、右マトリツクス中に多数の独立したドメインとして分散しカプセル化されているもの(第五頁左下欄第一二行ないし右下欄第六行)と認められる。このように、粘り強い重合体マトリツクス成分と軟質重合体ドメイン成分とは、引用例記載の発明のトナー中で、互いに異なる機能を果たしているのであるから、機能面からは、いずれが主で他が従であると両者を位置づけることは、正しいといえない。しかしながら、両重合体成分の存在量についてみると、前掲甲第三号証によれば、引用例には、「二成分に対して当該粘り強い重合体が約五〇重量%~約九〇重量%の量存在し、残りが軟質重合体である(中略)トナー」(特許請求の範囲第一五頁)、あるいは「一般に、マトリツクス成分は二成分に対して重量で約一〇%~約九〇%、好ましくは重量で約五〇%~約八〇%存在することが必要である。」(第七頁右上欄第四行ないし第七行)とあるように、粘り強い重合体マトリツクス成分が、量的には主要な成分として用いられるものであると解される記載があることも事実である。したがつて、引用例記載の発明においては、トナーの樹脂成分中に、ドメインを構成する軟質重合体よりも重量割合でより多く存在しているという意味において、マトリツクスを構成する粘り強い重合体を主要樹脂成分と呼ぶことは、不当ではない。審決は、引用例記載の発明において、粘り強い重合体マトリツクス成分と軟質重合体ドメイン成分とが、それぞれ右のような別異の機能を分担していることを前提とした上で、両重合体のうち、量的により多く存在する粘り強い重合体マトリツクス成分をもつて、トナーの樹脂成分中の主要樹脂成分であるとしたものと解されるから、審決の右認定、判断を誤りということはできない。

次に、原告は、本願発明のトナーは均質の相をなすのに対して、引用例記載の発明のトナーは不均質の相のものであつて異なると主張する。

しかしながら、本願発明の特許請求の範囲は、主要樹脂成分の要件として、「芳香族ビニル化合物とα―メチレン脂肪族モノカルボン酸エステル類またはα―メチレン脂肪族モノカルボン酸エステル類を構成単位として含有する樹脂」であることと、右樹脂が「重量平均分子量/数平均分子量が三・五~四〇及び数平均分子量が二、〇〇〇~三〇、〇〇〇の樹脂」であることを規定しているが、トナーの構造、なかんずくトナー中における主要樹脂成分の存在状態を特定する要件は、記載されていない。また、本願明細書の発明の詳細な説明中にも、本願発明のトナーが均質の相をなすものに限定して解釈しなければならない根拠は示されていない。したがつて、本願発明のトナーは、それを構成する樹脂成分の中で、右の高分子特性を有するものが主要樹脂成分と位置づけられるものであることが唯一の要件であつて、右主要樹脂成分がどのような状態でトナー中に存在するかは、本願発明の構成要件ではないというべきである。

この点について、原告は、数平均分子量重量Mnの値及び平均分子量/数平均分子量Mw/Mnの値は、高分子物質が均質の相をなしていることを前提としてのみ成り立つ表現であると主張する。そして、本願発明のトナーの樹脂成分のうち、主要樹脂成分だけに限れば、それが均質の相をなしているものであることは、審決も否定していないし、被告もこれを争つていない。しかし、右のような高分子特性が、均質の相をなしている樹脂にのみ当てはまる特性であるとしても、そのことは直ちに、本願発明のトナー中における右特性の樹脂を、均質な相をなしたものに限定することにはならない。

審決は、本願発明においては、右のような高分子特性を有する樹脂が、トナーの樹脂成分のうちの主要部分を占めることのみが、トナーの構成に関する唯一の要件であつて、右主要樹脂成分がどのような状態でトナー中に存在するかは、発明の要件ではないとの正当な認識を前提として、本願発明の構成を認定し、引用例記載のトナーと比較して、両者の一致点及び相違点を認定、判断しているのであるから、トナーの主要樹脂成分が均質な相をなしているか否かを、本願発明と引用例記載の発明との構成における相違点として摘示しなかつたのは当然のことであつて、その点において審決の判断に誤りはない。なお付言すれば、引用例記載のトナーにおける粘り強い重合体は、カプセルのマトリツクスを構成している状態においては、均質な相をなしていることは明らかであるから、主要樹脂成分が均質な相をなしている点においても、本願発明と引用例記載の発明との間に差異はないのである。

原告は、本願発明のトナーと引用例記載のトナーの構造ないし樹脂の存在状態についていうと、本件発明においては、その特許請求の範囲に主要樹脂成分として記載された樹脂成分こそがトナーの樹脂成分として不可欠であり、他の樹脂成分は任意的付加成分であるから、公知例との比較に当たつては、右必須不可欠の樹脂成分のみに着目し、他の成分は無視すべきである旨主張する。

しかし、本願発明のトナーの構成を規定する要件(特許請求の範囲記載のトナーの構成要件)は、唯一、右の高分子特性を有する樹脂がトナー中に存在する樹脂全体の主要部分を占めるということであるから、本願発明のトナーは、トナーがどのような構造のものであれ、右高分子特性を有する樹脂が全樹脂中の主要樹脂として使用されるすべてのトナーを包含するものであるし、また、任意成分であるか、必須成分であるかにかかわらず、他の樹脂を組み合わせて使用することを排除するものでないことも、前掲甲第二号証の一により認められる本件公報全体の記載(特に、第四頁第八欄一四行ないし第五頁第九欄四行等)に照らして明らかである。

してみると、右高分子特性を有する樹脂に他の樹脂を組み合わせて使用してトナーを構成することは、本願発明の技術的範囲に包含されるから、右主要樹脂成分に組み合わせて使用できる他の樹脂成分の使用をすべて排除し、右主要樹脂成分のみに限定して本願発明のトナーの使用樹脂成分を解釈しなければならない理由はない。

また、本件公報の右記載箇所から、本願発明のトナーにおいて、他の樹脂を主要樹脂に混合して使用する場合についてみると、主要樹脂の構成成分である単量体の種類や、共重合体が使用される場合には、共重合体における各単量体の共重合比、樹脂の分子量、樹脂の軟化点、樹脂のガラス転移点などに応じて、トナーの物理特性及び現像特性を所望のものとするように、適宜、最も適する他の樹脂を選択すると共にその混合量を決定するものであり、例えば、本願発明の樹脂が、トナーのオフセツト現像を防止する点では十分であつても、軟質に過ぎてトナー製造上の粉砕性が悪いとか、摩擦帯電性が不十分であるとか、あるいは、トナーとした場合の安定性に欠け、塊状化し易いなど、トナーとして要求される他の諸特性が十分でないような場合には、混合する他の樹脂としてキシレン系の樹脂を選択して右欠点を改善したり、反対に主要樹脂成分がポリスチレンのみからなる場合のように、若干脆性が大き過ぎる傾向があり、粉砕時に微細化され易いものとなつている場合には、エポキシ樹脂などを添加してその物性の改良を行うというような方法が採られるものであることが認められる。

右記載にみられるように、本願発明のトナーに用いられる右高分子特性を有する樹脂の中には、静電荷像現像用トナーとしての物理的特性及び現像特性を満足させるために、他の樹脂成分の併用を必要とするものがあり、このように他の樹脂の併用を必要とする樹脂も、本件公報の特許請求の範囲に記載された高分子特性を持つた主要樹脂に含まれることも明白であるから、これらの他の樹脂の併用を必要とする樹脂を排除して本願発明のトナーに用いられる主要樹脂の内容を解釈すべきとするにほかならない原告の右主張は採用できない。

4 相違点(2)についての判断の誤り

原告は、本願発明は、その主要樹脂成分の高分子特性のうち、分子量分布特性に着目し、従来使用されていた普通の樹脂(重量平均分子量/数平均分子量が一・五~三・〇程度)と異なる特性、すなわち、広い分子量分布を有する樹脂成分を用いたトナーのオフセツト防止性を解明した点に進歩性があるのであつて、審決が、オフセツト防止のために樹脂成分の高分子特性を検討することは単なる設計事項であり、Mw/Mnの数値限定に格別の臨界的意義を認めなかつたのは誤りであると主張する。

しかしながら、成立に争いない乙第九号証(レンツ著「高分子の有機化学」(株式会社広川書店昭和四三年一二月五日発行)の第四二頁及び第四三頁、乙第一〇号証(高分子学会編集「高分子生成反応」(株式会社地人書館昭和四三年四月一〇日発行)の第二八七頁及び第二八八頁によれば、ほとんどのポリマー試料は種々の分子量の広い分布を含んでいること、ポリマー試料は単一の分子量としての特性でなく、種々の分子量の平均値で定義されるが、数平均分子量Mnと、重量平均分子量Mwが特に重要であること、Mw/Mnの値はポリマーの分子量分布の不均一性を表す尺度(不均一度)として用いられ、この値は分子量分布の幅が広くなると増加すること、多くのフリーラジカルポリマーではMw/Mnは通常3より大きく、ときには5にもなること、高度に分岐したポリマーは生長可能性が増し、分布は反応の進行につれて急速に広くなること、その最も重要な例の一つは高圧法ポリエチレンの合成の場合であつて、このときにはMw/Mnは二五を超えること、停止段階を抑えることによつて自己促進作用があるような反応では非常に広い分布となることが、本件出願前に広く知られていたものと認められることから、本願発明のものに使用されるMw/Mn値が三・五以上の樹脂は、従来の樹脂製造法によつて普通に得られ、販売されていた樹脂であると解されるから、従来販売されていた樹脂はMw/Mn値が一・五~三・〇程度であつたとすることはできない。

前掲甲第二号証の一、二によれば、本願明細書の実施例のものに使用されている樹脂のMw/Mn値の上限値と下限値は八・二及び四・二であることが認められ、これらの実施例からは、Mw/Mn値が三・五と四〇の値に臨界的意義が存するかどうかは判断できないし、他にMw/Mn値が三・五と四〇という値に臨界的意義が存することを認めるに足りる証拠はない以上、本願発明は、その主要樹脂成分の分子量分布特性が示すMw/Mnの値を三・五~四〇と数値限定した点に格別の臨界的意義が存するとはいえないのであるから、引用例記載のトナーを接触型加熱融着に使用する場合に、トナーのオフセツトを防止するため、トナーを構成する樹脂成分の高分子特性、特にそのうち普通に知られた分子量分布特性を適宜なものにするように検討し、Mw/Mnの下限値及び上限値を三・五及び四〇とすることは、当業者が容易にできる数値限定にすぎない。したがつて、相違点(2)についての審決の判断に誤りはない。

5 以上のとおりであるから、本願発明と引用例記載の発明が目的及び分子量に関する要件を除く構成において一致するとした審決の判断、及び相違点(2)についての審決の判断はいずれも正当であつて、本願発明は引用例記載の事項から容易に発明をすることができたものであり、審決に原告主張の違法はない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

芳香族ビニル化合物類とα―メチレン脂肪族モノカルボン酸エステル類又はα―メチレン脂肪族モノカルボン酸エステル類を構成単位として含有し、かつ重量平均分子量/数平均分子量が三・五~四〇及び数平均分子量が二、〇〇〇~三〇、〇〇〇の樹脂を主要樹脂成分として含有することを特徴とする静電荷像現像用トナー。

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